ツバキ(一重咲)
(Single white & red camellias)
ポープ、クララ・マリア
(Pope, Clara Maria, 1750−1838年)
手彩色、エングレーヴィング
68.5×47cm
署名:Clara Maria Pope / Weddell
年記:Aug. 1. 1819
ツバキ属は、フィリピンを旅行し、この低木について最初に記述し出版した司祭であるカメル(Georg Josef Kamel、1661-1706)を讃えて名付けられた。
この図版はイギリスで初めてのこの属の専門書、サミュエル・カーティス(Samuel Curtis)による『ツバキ属の研究』(A Monograph of the Genus Camellia, 1819)のために刷られたものである。彫版はウェデル(Weddell)とされるが、19世紀初期にはウェデルの名は複数存在し、カーティスが彼らのうち誰を雇ったのかは分かっていない。
ツバキは当初、茶の原料であるとヨーロッパ人に認められていた。一方で、茶(Thea)は東洋の庭に繁茂すると噂されていた、装飾的な品種とは異なる属である、と長い間考えられていた。この観賞植物的な品種であるそれらはエンゲルべルト・ケンペル(Engelbert Kaempfer)による1712年の『廻国奇観』(Amoenitates Exoticae)に記述されており、日本のあらゆる生け垣に“ジャパン・ローズ”(Japan roses)が育っていると報告されている。1739年、エセックスのソーンドンホールでピーター卿(Lord Petre)がヨーロッパにおける最初の椿の開花に成功した。それらは卿の温室から離されればすぐに枯れると広く信じられていた。1792年に東インド会社のジョン・スレイター(John Slater)が白とストライブの2つの二重咲きのカメリアを輸入し、その品種が根付いた。その頃までにはイギリス国内で29の変種が育っていることをカーティスの『ボタニカル・マガジン』が明らかにしている。
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