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キティスス
(Cytisus anagyrius)

ルドゥテ、ピエール=ジョゼフ (Redouté, Pierre - Joseph, 1759−1840年)

未刊行アクアティント版画アルバム
(Album of unpublished aquatint plates)
閉じた状態で65×53cm
開いた状態で65×105cm

 ピエール=ジョゼフ・ルドゥテはおそらく今日で最も有名な植物画家であろう。彼の代表作は、皇妃ジョゼフィーヌの庇護下で19世紀初期に制作した数巻から成る大判の作品集『バラ図譜』(Les Roses)と『ユリ科植物図譜』(Les Lilacées)である。これらの作品で彼はオリジナルの素描を手がけたばかりでなく、自分自身ですべての彩色版を印刷した。しかしルドゥテを世に知らしめたのは、1870年代、植物学者ルイ・レリティエ・ド・ブリュテル(Louis L’Héritier de Brutelle, 1746-1800)に描いた作品であった。彼はレリティエのために4冊の本の挿絵を手がけた。『新植物』(1784-85)、『フウロソウ類考察』(Geraniologia,1787)、『ミズキ科』(Cornus, 1788)、『イギリス稀産植物誌』(Sertum Anglicum,1788-92)がその4冊である。
 残念なことに、これらの出版時期はすべて疑わしい。ルイ・レリティエ・ドゥ・ブリュテルは自著の各々に内容見本を出版し各巻の出版予定日を示したが、いつも結局は予定に遅れを取り、ときにそれが数年に及んでも、自著の表紙には当初の出版予定日を掲載し続けた(たとえば『新植物学』(Stirpes Novae)には1784−85の年記があるが、最終巻である第6巻は1791年まで出版されなかった)。他の植物学者は彼を非難し、レリティエが自分の命名を他の競争相手の命名よりも優先させるために、自著の出版年を早く偽っているのではないかと疑った。レリティエは1800年に殺害されたが、加害者は不明である——案外、憤慨した植物学者かもしれないが。
 リンドリーライブラリーにはルドゥテによるオリジナルの素描はないが、大部分は未刊行に終わったアクアティント(食刻凹版の一種)で刷られた図版を集めた一冊がある。『新植物』が6巻目で出版終了したとき、第7巻を見込んでルドゥテが準備した多数の作品が残された。それらの何枚かはレリティエが他の著作で使用したが、依然として未使用のものが残った。未出版の図版の複製は様々な植物学者に送られ、キュー王立植物園の委任者ウィリアム・タウンゼンド・エイトンは、自著『ホルタス・キューエンシス』(キュー植物園誌,Hortus Kewensis)でそれらの一部を何点かの植物解説の素材として使用した。ここに提示した巻には、85から123までの番号がふられた未出版の追加図版31点が含まれている(うち7枚が欠けている)。7人の彫版師がこれらの挿絵を印刷するための版木を彫った。
 キティススの図版はピエール・マルーヴル(Pierre Maleuvre, 1740-1803)により彫版されたもので、レリティエがCytisus anagyriusと定義した植物が描かれている。だが、この植物はのちにド・カンドル(De Candolle)により再分類され、現在はAdenocarpus hispanicus(アデノカルプス・ヒスパニクス)と呼ばれている。この植物は北アフリカとイベリア半島で発見されたマメ科の低木で、エニシダと近縁である(ゆえに最初にキティスス(Cytisus:和名でエニシダ)に分類された)。英国で観賞植物として育てられたこともあったが、現在この地で商取引はない。

 
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